昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

2016年4月のブログ記事

  • 谷根千散歩 ②

     谷中周辺は数年前にも一人で散歩しました。カメラを提げて鶯谷駅で降りて、まず文学資料館に行ってみようと思いましたが、あいにく館内定休日でした。  しかたなく炎天下を住宅街の路地を歩いていきました。幹線道路の脇に路地があって住宅が密集していました。ふいに二葉あき子の歌声が聴こえてきました。それが「水... 続きをみる

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  • 谷根千散歩 ①

     やはり20年ほど前ですが、根津千駄木近辺を母と散歩しました。地下鉄「白山」駅で下車して本駒込の閑静な住宅街とか千駄木の住宅街を散歩しました。母はほとんど知らない地域で東京のこちらのほうに閑静な住宅街があること自体驚きだったと思います。  団子坂を下りているとき、ここは明治の文豪が通った道で森鷗外... 続きをみる

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  • 北鎌倉散策

     北鎌倉は二度ほど行きました。一度めは母と一緒に散歩しました。浄智寺か東慶寺かを散策しようと思いましたが、入場料を取るので入口で引き返し食べる店を探した覚えがあります。  二十年近く前のことなので芸能人Uのお店もありました。コロッケを売る店です。  あと澁澤龍彦が北鎌倉に住んでいたと聞いていたので... 続きをみる

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  • 鎌倉小町通り 絵入り

     数年前クラシックカメラ(スーパーセミイコンタ6×45)を提げて江ノ電めぐりをしました。一通りめぐった後、鎌倉の小町通りを行きました。  路地に入って住宅街を少し行き、鏑木清方(かぶらぎきよかた)記念美術館に入館しました。ここは清方の旧居跡です。  都心の書店で返してもらうレシートに混じって当館の... 続きをみる

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  • 親とのスキンシップ

     世代のせいか親とのスキンシップなど無かったです。1歳ぐらいの写真を撮られるときにカメラを怖がって母親に抱っこされたまま泣き顔の写真はあります。父親は一切ぼくに触れませんでした。イクメンなんて概念がなかったようです。  やっと歩けるようになったぐらいの赤ん坊のとき、父親が火鉢のところで新聞を広げて... 続きをみる

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  • 嫁姑

     父は昭和61年の夏に病死しました。葬式など終えて一段落したころ、食卓で祖母が母に言った言葉が印象的でした。  「〇〇ちゃん、帰りたければ、帰っていいんだよ」  えっ?ぼくは一瞬意味が判りませんでした。要は亭主が死んだから家と離縁して郷里に戻るか?という提案です。嫌味でも何でもなくニュートラルな一... 続きをみる

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  • 三軒茶屋 かき氷

     一昨年入院中ウォークマンでFMを聴いていた時、ふかわりょうの番組で三軒茶屋のかき氷屋さんを紹介していました。店名は覚えていませんが、検索しましたら「石ばし」「かんな」と出てきたのでどちらかと思います。  冬場は安納芋の焼き芋を扱っているそうですが、夏はかき氷で有名だそうです。  かき氷のメニュー... 続きをみる

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  • 読書 BGM

     読書の時に聴くBGMは普段好みで聴く音楽とは少し意味合いが違ってくると思います。病気になる前はカフェで流れているボサノバ調が心地よかったのですが、退院後よく聴くようになったのはベートーヴェンのピアノソナタとか弦楽四重奏曲、シューベルトのピアノ曲、バッハのピアノ曲、スクリャービンのピアノ曲、フラン... 続きをみる

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  • 神楽坂界隈

     田中角栄の妾昭の娘佐藤あつ子さんが書いた『昭』が出版された年に読みました。  角栄は戦時下で負傷して早めに兵役を終え帰国しました。飯田橋で土建屋を営んだそうです。  そのころ足しげく通った神楽坂の花柳界で芸者のTさんと知り合ったということです。  佐藤昭(子)さんはTさんとは別のお妾さんです。佐... 続きをみる

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