昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

ドグラマグラ   黒死館殺人事件


日本文学史に残る奇書『ドグラ・マグラ』を見事に映画化!待望のDVD復刻!
 『ドグラマグラ』は83年に角川文庫で読みました。




小栗虫太郎 "黒死館殺人事件" Acid Sugar Cublic CUTNOVEL
 こちらの黒死館殺人事件のほうは途中で挫折しました。ぺダンチックについてゆけなかったのです。でも中編のタイトルは忘れましたが教養文庫を山形旅行に持っていって読みました。


 なんで山形に行ったかというとフジのオールナイトフジにオジサンが出てきて富士山が爆発すると予言したのです。9月1日にです。


 83年はそういう夢野久作とか小栗虫太郎とかに心を奪われていました。
 84年はユイスマンスの『さかしま』を夢中でよみました。
 あのころ最高に頽廃してたし最高に充実してました。夜中ずっと起きてて朝5時になったらビールの自販機が解除になりますからコンビニ行ってサンドイッチを買い缶ビールお買って、部屋でぐびぐび飲んでいました。まるっきりさかしまです。今朝はビール飲みたくないなと思うときはスプライトです。

恋の奴隷 奥村チヨ


奥村チヨ 「恋の奴隷」 1969
 69年ですから意外と昔ですね。ウーマンリブの波が盛んになってきたとはいえ、まだ大丈夫だったんです。
 今こういうような歌詞だとどこからかクレームが来そう。


 北斗晶が面白いことを言ってました。男女平等なのにレディーファーストっておかしい。なるほどそうかもしれない。北斗晶を見直しました。

ミシェル・フーコー臨床医学の誕生

 先日、嚥下検査を行った。研修医の青年が白衣姿でチューブを私の鼻の穴に通し、先にカメラが付いていたのか後で動画を見ながら説明を訊いた。


 鼻の穴にいきなり通して後半は苦しくなったので、いいかげんにちょっと休ませてくれ、と声を出した。そうでもしないと医師たちはボーッとつっ立ってるだけでまさに木偶の坊のようだった。
 研修医も若いくせに全然腰の力が無く中腰になれない。自分の鼻の位置に対して適した角度でなくなっていった。


 まわりは嚥下の権威に忖度して意見も何も声をあげられない、無能の集まり。
 医者はつっ立ってるだけだな、と私は声に出した。変わった患者もいるもんだと思ったかもしれない。


 フーコーの『臨床医学の誕生』の終章のほうでは20世紀後半には医療の囲い込みによるゆがみを懸念する事柄が述べられている。


 リタイアした後病気になったらさっさと死ぬのが不幸にならない道だと思う。周りに迷惑かけるし、お金もかかる。介護人材の不足。介護施設が充実しているとは言い難い。高齢者の医療費負担はもっと上げてもいい。一割負担は三割負担に三割負担は五割負担に。
 50年後を見据えて安楽死制度を考えるのも現実味を帯びてきた。
 自分が病気になってみてつくづく早く死にたいと思うようになった。
 尊厳死などとかっこいい言葉でなくてもっと苦悩に満ちた訴えである。


 そのためには若年層がもっと選挙に行くべきである。得票率が伸びれば若年層の負担が軽減しやすくなる。

水色のワルツ  二葉あき子  高木東六


水色のワルツ SP 二葉あき子
 昭和25年の「水色のワルツ」は懐メロの中でも特別印象深い曲です。シングル盤のレコードもうちにありました。
 LPも二葉あき子のアルバムを買いました。
 二葉あき子の歌声も良かったし高木東六の作曲というのも素晴らしい。詞は藤浦洸なんですね。


 メンデルスゾーンの無言歌集を聴いたとき、ワルツと表記はなかったけれど、何かしら水色のワルツを想起させる曲もありました。