祖母はよく松井須磨子の「カチューシャの歌」(詞島村抱月・相馬御風、曲中山晋平)を鼻歌で歌っていました。祖母の女学校時代、同時に教会に通っていたころに流行った歌です。
「カチューシャ可愛いや わかれのつらさ~」
どういうわけか祖母はいつも「わかれのつらさ」のところを大げさに高く調子っぱずれに歌いました。どうしてかわからず祖母の亡くなった後インターネットが普及して、元の松井須磨子が極端に調子っぱずれに歌っていたことを知りました。それを真似ていたのです。
大正を拾って カチューシャの歌 松井須磨子 A調
松井須磨子が自殺した大正8年ごろ、芸術劇場のあった牛込區横寺町というのは神楽坂のすぐ隣の町です。(路地に入るとすぐ)このあたりに住んでいる人はたいがい神楽坂在住と言います。そうしないと未知の人は判りません。近くには尾崎紅葉邸跡もあります。
あと歌って聞かせてくれたのは川上音二郎の「オッペケペー節」です。
「ままにならぬは 浮世のならい 飯(まま)になるのは 米ばかり
ア、オッペケペー オッペケペッポー ペッポッポ~」
これなどは明治のころの歌ですが、ずっと語り継がれてきたのでしょう。最近思い出しました。
他は添田唖蝉坊の「ノンキ節」が記憶にあります。