昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

口から食べ始めた

 脳梗塞の後遺症で嚥下困難で唾液さえ飲みこめなかった。


 だが、三週間ぐらい前から口からも食べている。堅焼きせんべいがお気に入り。


 ヨーグルトやプリン、玉子豆腐、アイスクリームなど却ってむせやすい。のどの奥で飛び散ってむせるのだ。
 野菜のおひたし、野菜サラダは噛んでも噛んでも飲みこめない。意外に手ごわい。


 カロリーメイトは口中の水分が取られてしまうので窒息しそうになる。


 バナナは食べられる。チーズも食べやすい。食パンもピーナッツバターやはちみつを垂らして噛む。


 カレーは健常者のころお気に入りのを試したが、辛くて食べるのに苦労した。やはり4年のブランクは舌を敏感にしたのか。


 そば、そうめんはほとんど失敗。
 アジフライは食べられた。シュウマイも食べられた。
 サラダチキンは意外と硬い。


 今度チャレンジしようと思うのはクラッカー、納豆、豆類、ごはん、とんかつ、コロッケ、ソイジョイ、などだ。



 噛んで喉の奥まで飲みこんでも、むせそうなので半分ぐらいティッシュに戻してしまう。人間も犬と同じ噛みたい本能があるらしい。噛まないではいられない。


 足りないカロリーは経口食品を胃ろうから注入している。

紫外線と熱中症

 昨今、熱中症が多くなり、紫外線対策も熱心になりました。


 どうしてこんなに暑いのか誰も明言しません。


 それはともかく、ひと昔前から街中を歩いていても日傘を差した女性も男性さえも多くなりました。


 住宅街で角を急に曲がってくる、完全防備の人に出会うことがある。帽子、日よけターバン、マスク、サングラス、両腕にタオル地のタイ、手袋、だいたいこんな感じ。買物でもなさそう。ウォーキングのようだ。


 だいたい老化美容に関係なさそうなブスのオバサンが多い。


 確かに紫外線は皮膚がんとか目から他のがんの素になるとも言われています。


 では我々青春時代の70年代はどうでしたか。みんな普通に自然に焼けていました。焼けていないと家に閉じこもっていたみたいで少し引け目を感じるぐらい。




 太陽光のビタミンDはガン予防になると言われています。カルシウムの吸収も良くなる。
 なぜ紫外線対策ばかり目の仇にされるのか疑問です。女性も美容のことばかり考えずいろいろ行動してほしいです。
 昭和30年代は麦わら帽子と麦茶が定番でした。


 麦わら帽子はオシャレなものもあるようです。
 また麦茶も意外と効能があると聞きます。身体を冷やしてくれるとか。


 看護師さんに室内でも熱中症があるからとスポーツドリンクを薦められます。私も箱買いするなど利用しています。
 ただ塩分や糖分を気にする方もいらっしゃるでしょう。


 そういう場合麦茶はいかがでしょう。


 ちなみに麦茶がない場合、インスタントコーヒーをほんの少し入れて色が着くぐらいでも麦茶と同じ味がしますから水筒などに入れてはいかがでしょう。

渡辺茂夫 天才少年


Bach: Violin Concerto BWV 1042, S. Watanabe & M. Ueda (1954) バッハ ヴァイオリン協奏曲 渡辺茂夫
 1941年生まれで1954年録音なので14歳になるかならないかのころのもの。



Kreisler: Caprice Viennois, S. Watanabe (1957) クライスラー ウィーン奇想曲 渡辺茂夫
 こちらは1957年録音なので16歳になるかならないか。


 その後彼は重病にかかりヴァイオリンを弾けなくなりました。
 亡くなったのは1999年です。

三橋美智也 天才

 うちが1965年ごろ初めて買ったステレオに合わせて買ったレコードの中に三橋美智也が含まれていました。全部民謡でしたが、母の希望です。



哀愁列車 三橋 美智也


 その後昭和40年代には懐メロ番組が始まり私の世代も耳に親しい音楽になりました。



リンゴ村から/三橋美智也





おんな船頭唄 三橋 美智也

ギターとベース、ドラムのからみが秀逸

コミュニケーション
Happy End - Happy End - 02 氷雨月のスケッチ
 この曲は茂ファンにとっては必須。
 ただしYouTubeでしか再生できませんので青い文字をクリック願います、





無風状態
 この2曲を聴くと松本隆は作詞の合い間にドラムを叩いていたんじゃないことがお分かりと思う。