テアトルボウリング
円通寺の坂の中腹にテアトルボウリングがありました。小学6年ごろテアトルボウリングに100円玉2個ぐらいをズボンのポケットに入れて遊びに行きました。
目当てはボウリングではなく、右手にあるレーシングカーとピンボールでした。レーシングカーはAコース、Bコース、Cコースと選べて値段も違っていたかもしれません。5年生ぐらいにどうしても欲しくて親にねだって最も安い1500円のサンダーバードを買いました。小学生にとって1500円がぎりぎりねだれる金額でした。ところが他の子が操縦する2000円や3000円する車にはかないません。走りが全然違います。やがてそれは飽きました。
次に熱中したのは、ピンボールです。テアトルボウリングに入ってすぐ右側にずらっと並んでいました。ぼくはボールをフリッパーでヒットするのは得意でした。初対面の中1の人と片手ずつフリッパーを受け持ち、誤作動もあって64ゲームぐらい上がりました。ある点数以上に達すると「スコーン」と小気味のいい音で1ゲーム上がります。ぼくたちは息も合ってかなり点数も行って何ゲームも上がりましたが、機械の誤作動で「スコーンスコーン」と続けて上がり64ゲームまで達したのです。
あのころはまだ子どもでボウリングは大人がやるものと思っていましたので、奥のボウリング場には全く関心がなかったです。実際にボウリングを始めるのは昭和45年です。世田谷に引っ越して高校生になっていました。