昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

『日本外史』 頼山陽

 『日本外史』は頼山陽の代表作です。また幕末のベストセラーでもあります。山陽の亡くなる天保三年(1832)のちょっと後の天保七年(1836)には一般に流布しました。


 実は写本の形で少しずつ広まってはいましたが、天保七年に活字版で刊行されて一般に知れ渡ったのです。


 幕末の志士たちはこの時期の前後の生まれでやはり影響もかなり大きなものだったのでしょう。


 山陽は前にも書きましたが若いころに脱藩事件を起こし、家の離れで蟄居生活を送っていました。その時期にさまざまな歴史書や軍記物に触れ、データを細かく分析整理し『日本外史』の素を作ったのです。ころんでもただでは起きないタイプと言えるでしょう。


 歴史書であって時代区分的に書かれているとはいえ、人物史的に重きを置いています。平氏、源氏、北条氏、楠氏、新田氏、足利氏、後北条氏、武田氏、上杉氏、毛利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏と言った面々です。


 ぼくが印象に残ったのは『平家物語』で平清盛は悪く書かれているが、そんなに悪くなかったと論述している点です。


 これなどは見延典子著の『怒る清盛』なども参考になると思います。


 祇王と仏御前の崇高な女性賛美的な物語は後代に作られた空想シーンであるとする古典文学者もいるようですが、山陽にとって『平家物語』にもメスが入る対象にようです。


 山陽の根底には朱子学がありました。天皇は絶対なのです。だからといって幕府に反発するわけでなく善と悪というステレオタイプで、ちょうどぼくらの世代にぴったりな精神構造であったと思います。勧善懲悪的なヒーローをぼくらは求めます。その点が団塊世代とちょっと違うところだと思います。
 『日本外史』がベストセラーになった要素にそういう事情もあったと思います。


 あの坂本竜馬を中心に周りの志士たちの間で大いに盛り上がった書物です。


 ただ、漢詩に関しては文豪夏目漱石は山陽の詩より荻生徂徠の詩を愛読していたという、ちょっぴりアイロニカルな雑学も添えておきます。
 まあ、明治生まれでも「鞭声粛々、夜河を渡る~」と詩吟が始まったらその場を離れたくなる気持ちもわかるような気がします。


                  (参考:日本外史超現代語訳長尾剛)

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