ピエール・ルイス ② 鈴木信太郎 生田耕作
ピエール・ルイスの『ビリチスの歌』の翻訳の違いを比べてみます。
鈴木信太郎と生田耕作です。
『ビリチスの歌』ピエエル・ルイス、鈴木信太郎訳
「骨牌遊び(オスレ)の勝負」
二人とも あの人が好きだったから、互ひに骨牌遊び(オスレ)で賭けをした。勝負の話が拡まって、大勢の若い娘が立会った。
相手の女(ひと)は、真先きにキクロオプで攻めて来た。妾(わたし)はソオロンで立ち向った。けれど相手は、カリボロス、そこで妾(わたし)は敗けたと感じて、女神に祈った。
妾は投げて、エピフェノンを得た。相手の女(ひと)は、怖ろしいキオスの一発、此方はアンティテウコス、向ふはトリキアス、そして妾(わたし)のアフロディテの一撃が、二人で競ふ恋人を 勝ちとった。
然し、相手の蒼ざめる顔色を見て、その頸を妾(わたし)は抱いて、(相手の女(ひと)だけに聞えるやうに)耳の近くで囁いた。『泣いては駄目よ。あの人に、何方(どちら)を選ぶか任せませう。』
続いて『ビリチスの唄』ピエール・ルイス、生田耕作訳
「骨牌勝負」
ふたりともあの人が好きだったので、骨牌勝負で決めることになりました。勝負の噂が広まって、大勢の若い娘が見物に来ました。
あの女(ひと)はまずキクロオぺで攻めてきました。そしてこちらは、ソオロンで迎え打ち。ところが相手はカリボロス、これは、危いと見て取って、必死で女神に祈りました!
一か八かで勝負すると、エピフェノンが出ました。あの女(ひと)のほうもキオスの強烈な攻撃、こちらはアンティテウコス、向こうはトリキアス、そして最後にわたしのほうにアフロディテの目が出て、奪い合いの恋人を勝ち取らせてくれました。
けれどもあの女(ひと)の蒼ざめようを見ると、襟首に手を回して抱き寄せ、わたしのほうから耳もとでこう囁いてあげました(あの女(ひと)にだけ聞こえるように)、「泣かないで、可愛い仲好しさん、二人のうちのどちらを選ぶか、それはあの人に任せましょうよ。」
鈴木信太郎訳は昭和29年(1954)刊行。生田耕作訳は昭和61年(1986)刊行。
前者は白水社が初版です。何度か新刊されたようですが、94年に講談社文芸文庫になりぼくもそれを持っています。
後者は奢覇都館の刊行で装丁が美しい。
骨牌(こっぱい)は獣の骨で作った牌。トランプと麻雀パイを足して2で割ったようなものです。ドミノ倒しに使うあれに似たものでしょう。オスレはOthelloの意味だと思います。
ルイスの『ビリチスの歌』は全くの創作で古代ギリシアにビリチスが実在したかのようにまえがきを書き、ギリシア語原典からフランス語に訳したかのように出版しました。
アテネ出身のギリシア文学者から手紙が届いて「かねてよりビリチスの歌は読んでいました・・」の文面を読んだルイスの心境は複雑だったと思います。
冷笑とともに落胆の溜息もついたかもしれません。古代ギリシアに憧れを持っていたのですから。単なる悪ふざけではないと思います。
ちなみに日本の小説は『骨牌遊びのドミノ』(昭和4年)久生十蘭、詩の『骨牌占ひ』(大正11年)伊藤整、などもあります。