昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

み空  金延幸子

 金延幸子は日本の女性シンガーソングライターの草分け的存在です。


 CDアルバムは持っていますが、全体的なボリュームが小さく今イチ印象が薄い。金延自身ははっぴいえんどの「ゆでめん」が好きだったというのでアオイスタジオでアルバムは録音したのでしょう。


 2004年のインタビューによると、「ゆでめん」はバンドの音だけど「風街ろまん」は個々のサウンドになっているので「ゆでめん」のほうが好きだということです。


 金延のデビューシングルは大瀧詠一によるプロデュースなのですが、路線が違ったらしく彼女自身はあまり満足できなかったらしいです。


 アルバムデビューは当初大手から村井邦彦プロデュースで出すはずだったのですが、村井カラーが売れ線だったせいか、やはり金延は苦悩しスタジオで声が出なくなるというアクシデントがありました。


 結局、彼女は細野晴臣を直々訪ねてプロデュースを頼み込んだそうです。


 金延は童顔なわりに歳が行っていて大瀧と同じ歳なので大瀧くんと呼び、細野は細野さんと呼んでいます。吉田美奈子とは意気投合して姉妹のように仲が良かったそうです。


 それはともかく、アオイスタジオのエンジニアも吉野金次とか「ゆでめん」と同じ人です。アオイスタジオは麻布十番のお稲荷さんの裏路地にあります。自転車で通ったことがあります。


 「風街ろまん」のボリューム感あふれる音は当時のエンジニアがキングレコードの真空管アンプを借り出してレコーディングに使用したから、と聞きました。録音はモウリスタジオですがスタジオの優劣ではなくてアンプのせいだったということでしょう。

金延幸子「時にまかせて」


 デビューアルバム「み空」ですが、彼女が言っているようなロック志向・・・というわけではありません。ほとんどフォークです。バックは細野、中川イサト、鈴木、林立夫です。中川イサトとは関西時代バンドを組んでいて東京に出てくるときも誘ったらしいんですが、彼らは断った。ドラムが林なのは松本隆が風邪をひいていて参加できなかったといいます。案外こういうことが大きく影響するものです。


 松本隆はキックが強くフォークロックにも適応します。どちらかというと下半身でリズムに乗っていく。林は手数が多いので上半身な感じ。皮肉なことに細野はこのころ林のドラムがお気に入りだったというのです。(柳田ヒロ説)


 ぼく個人の意見は「み空」に関して松本がドラムだったらもっとアピール度が強かったと思うのです。所詮バックミュージシャンじゃないの?と思うかもしれませんが、はっぴいえんどサウンドは林立夫のドラムで果たせなかったと思うのです。(それと駒沢裕城のペダルスティールギターが加わっていたらなぁと思ったりする)

青い魚/金延幸子


 アルバム「み空」はキャラメルママのサウンドではありません。吉田美奈子「扉の冬」のバックは完全にキャラメルママですが、「み空」より幾分アーバンな感じです。「み空」は土臭さが残っています。
 吉田美奈子はボーカル+ピアノ、金延幸子はボーカル+ギターという持ち前の違いもあるのでしょう。歌声は二人ちょっと似てます。
 村井邦彦のプロデュースだったら一時期売れたかもしれません。でも金延のような気性の人は息苦しくなってしまったでしょう。


 ちょっと長くなって申し訳ないですが、荒井由実とはデビュー自体が違うわけです。ユーミンと吉田美奈子と大貫妙子と矢野顕子はほぼ同じ世代です。シラケ世代、ノンポリ世代です。
 金延幸子は団塊世代。関西ですが学生フォークも反戦フォークも横目で見て、ロック志向。単身上京して知り合いの少ない中で録音するところまで持っていけただけでも充分すごいと思います。


 現在も彼女の根強いファンはいて、女性シンガーソングライターがけっこうカバーしていますね。
     (参考:シンコーミュージック)

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