シャルル・ボドレエル(ボードレール)の詩
ボドレエルの詩を上田敏訳で挙げてみます。
信天翁(をきのたいふ)
波路遙けき徒然の慰草(なぐさめぐさ)と船人は、
八重の潮路の海鳥の沖の太夫(たいふ)を生擒(いけど)りぬ、
楫(かぢ)の枕のよき友よ心閑(のど)けき飛鳥(ひてう)かな、
奥津(おきつ)潮騒(しほざゐ)すべりゆく舷(ふなばた)近くむれ集(つど)ふ。
たゞ甲板に据ゑぬればげにや笑止(せうし)の極(きはみ)なる。
この靑雲(あをぐも)の帝王も、足どりふらゝ、拙くも、
あはれ、眞白き双翼(さうよく)は、たゞ徒に廣ごりて、
今は身の仇、益(やう)も無き二つの櫂(かい)と曳きぬらむ。
天(あま)飛ぶ鳥も、降(くだ)りては、やつれ醜き瘠姿(やせすがた)、
昨日の羽根のたかぶりも、今はた鈍(おぞ)に痛はしく、
煙草(きせる)に嘴(はし)をつゝかれて、心無(こゝろなし)には嘲けられ、
しどろの足を摸(ま)ねされて、飛行(ひぎやう)の空に憧がるゝ。
雲居の君のこのさまよ、世の歌人に似たらずや、
暴風雨(あらし)を笑ひ、風凌ぎ獵(さつを)の弓をあざみしも、
地(つち)の下界にやらはれて、勢子(せこ)の叫に煩へば、
太しき双(そう)の羽根さへも起居(たちゐ)妨ぐ足まとひ。
信天翁=アホウドリ、シンテンオウとも。
この訳詩は1938年と言いますから昭和13年に初出です。
(参考:上田敏訳詩集)