昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

竪琴の歌   李賀

  竪琴の歌             (黒川洋一編訳)


 あんた あんたってば
 徳利なんかぶら下げて何処に行こうっていうの
 川に身投げした屈原の真似なんかしないでね
 水に入って行った徐衍(じょえん)はほんにお馬鹿さんだよ


 あんた あんたってば
 寝床には萱(かや)のござ 皿には魚もあるわ
 道の北にはいい兄さんがいなさるし
 東隣りにはかわいい妹さんもいなさるわ
 畑には黍(きび)と大蒜(にんにく)がすくすく育っており
 酒甕には濁醪(どぶろく)がふつふつと泡を立てているわ
 黍はもう食べられるし
 濁醪ももう飲めるのよ


 あんた あんたってば
 いったいどうしようというの
 髪振り乱し川の方に走って行きなさるがけっきょくどうするつもり
 兄さんも妹さんもおいおいと泣きなさるわ
 



    箜篌(くご)の引(うた)


 公乎公乎        公や 公や
 提壺將焉如       壺を提げて將に焉(いず)くに如(ゆ)かんとする
 屈平沈湘不足慕     屈平は湘に沈む 慕うに足らず
 徐衍入海誠為愚     徐衍は海に入(い)る 誠に愚と為す
 公乎公乎        公や 公や
 牀有菅席盤有魚     牀(しょう)には菅席(かんせき)有り
             盤には魚有り
 北里有賢兄       北里に賢兄(けんけい)有り
 東隣有小姑       東隣(とうりん)に小姑(しょうこ)有り
 隴畝油油黍与͡葫     隴畝(ろうほ)には油油(ゆうゆう)たり
             黍(しょ)と葫(こ)と
 瓦甒濁醪蟻浮浮     瓦甒(がぶ)には濁醪(だくろう)あり
             蟻(ぎ)浮浮(ふふ)たり
 黍可食         黍(しょ)は食(くろ)う可く
 醪可飲         醪(ろう)は飲む可し
 公乎公乎        公や 公や
 其奈居         其れ奈居(いかにせし)や
 被髪奔流竟何如     被髪(ひはつ)して流れに奔(はし)る
             竟(つい)に何処(いかん)せんとする
 賢兄小姑哭鳴鳴     賢兄小姑 哭(こく)すること鳴鳴(おお)たり



 箜篌=二十三弦よりなる竪琴。
 引=箜篌引は楽府体の詩の一つで楽府題のうちに箜篌引というのがある。
 屈平=楚の屈原。
 沈湘=湘江に身投げすること。ただし屈原が身投げしたのは汨羅江(べきらこう)。
 徐衍=戦国末の人で世に受け入れられず、海に身投げした。
 菅席=かやで作った敷物。
 小姑=夫の妹。
 隴畝=田畑。
 油油=草や黍などの勢いよく美しいさま。
 黍与葫=きびとにんにく
 瓦甒=かわらの酒つぼ
 蟻浮浮=蟻とは濁醪(どぶろく)が発酵するときに表面にできる泡のこと。浮浮はぶつぶつと泡が浮くさま。
 奈居=奈何に同じ。いかにせん。何居(なんぞや)、誰居(たれぞや)などと使われる。
 被髪=ざんばら髪。



 李賀は790(791年とも)年生まれ。中唐の詩人。27歳で死去した。日本では芥川龍之介が愛誦したという。


 4年ほど前ジュンク堂書店池袋本店で草森紳一の訳『李賀:垂翅の客』を椅子に腰かけて見てみた。あそこの書店は椅子での座り読みが可能なところである。650ページ以上ある厚い本で高価なものだったので見ただけである。まだ発病前で立って歩けた時期だ。


 黒川洋一の編訳は現代詩か欧米の詩のように読みやすい。黒川氏のおかげでそれほど難解に感じなかった。ただ見慣れない漢字を使っている印象はある。
 李賀は家の事情で科挙の試験は受けられなかったようだが、韓愈が殊のほか、かってくれたようだ。 


 李賀の詩集は上記の草森氏のものと東洋文庫は新品で入手できると思う。岩波書店の中国詩人選集の中の李賀や岩波文庫は古書で購入できると思う。



     (参考:岩波文庫)

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