晩秋述懐 姫大伴氏
嵯峨天皇に仕えていた官女とされる姫大伴氏(ひめおほともうぢ)の「晩秋述懐」を紹介します。晩秋九月(旧暦)の秋の暮れに自分の思いを述べる。
平安朝の官女
晩秋述懷 晩秋述懐(ばんしうじゅつくわい)
莭候蕭條歳將闌 節候蕭条(せつこうせうでう) 歳まさに闌けなんとし、
閨門靜閑秋日寒 閨門(けいもん)静閑 秋日(しうじつ)寒し。
雲天遠雁聲宜聽 雲天の遠雁(ゑんがん) 声(こゑ)聴くに宜しく、
檐樹晩蟬引欲殫 檐樹(えんじゅ)の晩蟬(ばんせん)引(しらべ)殫(つき)んとす。
菊潭帶露餘花冷 菊潭(きくたん)露を帯び 餘花(よくわ)冷やかに、
荷浦含霜舊盞殘 荷浦(かほ)霜を含み 旧盞(きうさん)残(そこな)ふ。
寂寂獨傷四運促 寂寂(せきせき)独り傷む 四運の促(せ)まることを、
紛紛落葉不勝看 紛紛(ふんぷん)たる落葉(らくえふ) 看(み)るに勝(た)へず。
檐樹
晩蟬=ひぐらし蝉。晩秋の蝉。
引=しらべ。ここでは蝉の声。
菊潭
荷浦(かほ)=入江の蓮
盞=さかずきの形をした蓮の葉。
旧盞=古くなった盃の形をした葉。
寂寂=寂莫(せきばくorじゃくまく)とする原文もある。
四運
現代訳
秋の時節はものさびしくひととせも盛りを過ぎようとしている、わたしの寝屋の入口のあたりはひっそりと静かで秋の日差しは寒い。
雲のかかる空を飛ぶ雁の遠音は耳に心地よく聞かれ軒端の木にとまって鳴く晩秋の蝉の声は今にも尽きようとしている。
池の淵の菊は露を帯び咲き残る花は冷たそうであり、入江の蓮は霜を含み古くなった皿形の葉はいたましくそこなわれている。
ものさびしい状態の中にあって四時(しいじ)のせきたてられるように過ぎゆくことをひとりいたみ悲しむ、ことに入り乱れて散りかう落葉は見るに耐えられない。
(参考:岩波書店)