蛇屋横町(部分) 山崎俊夫
山崎俊夫作品集中巻『神経花瓶』に収められている「蛇屋横町」の部分を抜粋します。
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若い男は豆絞りの手拭でそつと鼻端の汗を拭きながら、怖怖(おづおづ)と相手の顔を偸視(ぬすみみ)る。蛇屋の亭主と覚しく五十恰好の色の浅黒い痩せぎすな、眼の表情に一種異様なもの凄い光のあるところ、そしてそれを消さうとするらしく、厭に媚びを含んだ下卑た声色から、どう見ても悪性者か邯鄲師(かんたんし)としか思へない。
「ぢゃ早速だが見せて貰ひやせうかね」
亭主は鉈豆(なたまめ)の煙管を捻りながら膝を摩(すり)寄せた。若い男は稍(やや)呆気にとられてまじまじと相手の顔にばかり見惚(みと)れてゐるので、亭主は持前の追従笑ひを浴せかけて若い男の視線を避けながら、蛇のやうな眼でその二の腕の箚青(ほりもの)をじろりとひと睨み。
「いいえさ、背中の事でさあ」
「わざわざ諸肌(もろはだ)脱ぐ分の事はないでせうよ。ほんの子供騙しなんだから」
「ともかく威勢の好いところをひとつ晒しておくんなさい。早く拝みてえからさ」
「それぢゃ真平御免を蒙りますぜ」
若い男は藍弁慶(あゐべんけい)の素袷(すあはせ)をぐつと諸肌脱いで亭主の方へ背中をさし向けた。亭主は鰐革の鞄から人相見の持つやうな大きな虫眼鏡を取出して、背中一面にびくびくと今にも這ひ出しさうな大蛇の箚青を、瞳を凝らして見守った。見る見るうちに瞳は一種異様の光を放って、あまり長く息を殺して見惚れてゐられるので、若い男はなにかしら癢(かゆ)いやうな心持にならずにはゐられない。
「ついでに帯を解いちやくんなさるまいか」
「どうも顔から火が出さうでさあ」
「なんにも言ひませんや。この通り」
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豆絞り
鉈豆煙管
ちなみに「蛇屋横町」は芝居になったそうです。それを見た方のブログもあります。
ただし記事にはネタバレも含まれますのでご注意ください。
山崎俊夫は明治24年生まれで、堀口大學や久保田万太郎は一学年上でした。作品から若死にしたのだろうと思われがちですが、80歳過ぎまで生きました。
(参考:奢灞都館)