水の精 ルイ・ベルトラン 城左門
ルイ・ベルトランの『夜のガスパァル』所収の「水の精」を城左門譯で挙げてみます。
水の精
-『お聴き、お聴きよ!あたしさ、朧ろな月影を宿した、響きのよい菱型牕玻璃(まどがらす)を滴(しづく)で敲(たた)くのはさ、あたしさ、水の精だよ。彼處(あすこ)には、水形織りの山羊の毛織りを召された、お城の北の方が、高樓(たかどの)で、綺麗な星月夜と、とろりと寢入った美しい湖(うみ)とを御覽じあつてぢゃ。
『あの波の一襞(ひとひだ)は流れに遊ぶ水の精だよ。流れは御殿へ向ふうねゝゝ小徑(こみち)、御殿は湖(うみ)の深底(そこひ)、火と土と息との三ツの稜(かど)で、波の姿に建てられてあるのさ。
『お聴き、お聴きよ!うちの父(とと)さまは、せせらぐ水を綠の榛の枝で懲らしめてたり、妹達は水泡(みなは)の腕(ただむき)に、靑草や睡蓮(ひつじぐさ)、水剪紅羅(すゐせんのう)の瑞々しい島々を抱擁(かいいだ)いたり、釣糸垂れた、よぼゝゞの髭爺さん楊柳(はこやなぎ)を揶揄(からか)つたりしてゐるのさ』
ささやく如き歌を了へて、女は、水の精が聟たれよ、指環受けよ、湖(うみ)の主(あるじ)たらんが爲に俱(とも)に己が宮居訪れよとは願ひぬ。
されど我は、我が身には息吹きなす相愛の女ある故にと應(いら)へしの、女はいとやる瀬なき怨み顔に、涙を流し、さて、疳高(かんだか)き聲して笑ふよと見えしが、忽ち、蒼き牕玻璃(まどガラス)づたひ白く流れ去る一灑(いっさい)の時雨となりて消え失せたり。
『夜のガスパァル』はラヴェルのピアノ組曲で馴染みがあると思います。城左門は探偵小説家(城昌幸名義)でもあります。幻想文学のジャンルに入るかもしれません。
(参考:国書刊行会)