小田急線複々線化 梅が丘駅~東北沢駅
小田急線の和泉多摩川駅~梅が丘駅はけっこう前に複々線化された。下北沢駅~東北沢駅も4年ぐらい前に複々線化されたと思う。現場を見ていないのでネットの情報。 このたび梅が丘駅~世田谷代田駅が複々線化が実現された。この3月には代々木上原駅まで延長される。 自分は昭和45年に世田谷代田駅の徒歩圏に住... 続きをみる
昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。
小田急線の和泉多摩川駅~梅が丘駅はけっこう前に複々線化された。下北沢駅~東北沢駅も4年ぐらい前に複々線化されたと思う。現場を見ていないのでネットの情報。 このたび梅が丘駅~世田谷代田駅が複々線化が実現された。この3月には代々木上原駅まで延長される。 自分は昭和45年に世田谷代田駅の徒歩圏に住... 続きをみる
元来貧乏性なので定食屋さんは月に二三度がいいほうで、多くは立ち食いそば店を利用しました。 「富士そば」「小諸そば」「ゆで太郎」が主ですが、駅そばとか無名の立ち食いも利用しました。 浅草の地下街は饐えた匂いの昭和の地下道がありました。現在はどうなんでしょう。そこに「文殊」という名店がありました... 続きをみる
70年代の音楽誌、ヤングギター、GUTS、ライトミュージックには、後ろのページにコンサート情報やミュージシャンのプロフィールが載っていました。それを細かく見ていました。 生年月日 吉田拓郎 昭和21年4月5日 これは正しいと思います。 加藤和彦 昭和22年3月21日 ←雑誌によっ... 続きをみる
下北沢のジャズ喫茶「ノイズ」で昭和50年ごろ聴いた中にリターン・トゥ・フォーエバーのアルバム「第七銀河の賛歌」「ノーミステリー」「銀河の輝映」がありました。 いわゆる「かもめ」のジャケットや「浪漫の騎士」のRTFももちろんかかりましたが、「かもめ」は代名詞的に語られすぎていますので、ここでは割... 続きをみる
下北沢の「シェルブール」とか吉祥寺の「シモン」ではキース・ジャレットの「ソロ・コンサート」がよく掛かっていたように思います。70年代前半から半ばにかけてですか。 だいたい友人Kとジャズ喫茶めぐりをしました。その彼の神奈川のご自宅に遊びに行ったらリビングが30畳ぐらいありました。昭和40年代後半... 続きをみる
昭和48年か49年、Kと一緒に下北沢「シェルブール」で聴いた「リターン・トゥ・フォーエバー」というアルバムは清新な印象を持ちました。 全体的にはボサノバっぽいのですが、もっと感覚的でフローラ・プリムの淡い妖艶なヴォーカルは楽しめます。チック・コリアのフェンダーローズピアノはジャズっぽいのですが... 続きをみる
下北沢のフォーク・ロック系というんでしょうか、「ぐ」とか「段」とかありましたね。 未だにあれらの店は何だったのかと疑問なんですが、「ぐ」などは始終お香を焚いて店内に一種異様な香りが漂っていました。 たぶんボブ・ディランとかザ・バンドとかまともなものからマニアックなものもかかっていたと思います... 続きをみる
下北沢にはいろいろな喫茶店がありました。フォーク・ロック系喫茶、ジャズ喫茶、ライブハウス系等など。ロフトができたのはだいぶ後で70年代後半です。 ジャズ喫茶の「マサコ」はスーパー忠実屋(その後ダイエーですか?)の裏の路地にありました。店内は和やかな雰囲気ですがジャズを聴くという暗黙のマナー... 続きをみる
昭和50年前後ですね。下北沢の五番街っていうんでしょうか。(ここは間違いでした。正しくは「一番街」です^^:) 小田急線の駅に隣接したふみきり(手前は金子総本店)を渡って、驚くなかれそのころ高田ケンゾーのショップ(当時はブティックって言ってたかもしれないですが^^)が左側にありました。 向か... 続きをみる