『ヴェネチア風物誌』 アンリ・ド・レニエ
『ヴェネチア風物誌』というアンリ・ド・レニエの韻文と散文詩によるヴェネチアの風物誌です。ただしこのタイトルは窪田般彌によるもので『ヴェニス物語』草野貞之訳や『水都幻談』青柳瑞穂抄訳とそれぞれタイトルは変わってきます。
今回は窪田般彌による『ヴェネチア風物誌』の「扉の詩」(序詩)を紹介します。次回は青柳瑞穂の訳を挙げるつもりです。
扉の詩
大運河と、群なす堀の
緑と青と灰色の水面にゆれて、
われらのヴェネチアめぐりは
サン=マルコ聖堂から造船所。
思いのままに帆を運ぶ
潟(かた)の風のすさまじさ
お前の幸の女神はくるくる廻る
おお ドガーテ・ディ・マーレの岬!
アドリア海の風の息吹は
柔らかな微風か熱風(シロツコ)か、
哀れ私はお前の指の示すがまま
フジーナへもマラモッコへも!
ゴンドラは屋根の下で
われらを揺らし、舳先の鉄は
刃をふるい、潮風に
眠る沈黙(しじま)を切り開く。
スラヴォニア河岸のうえ、
陽は敷石をあたためる。
ヴェネチアよ、われらは知っている、
お前の迷路と迷宮を!
水はきらめき、大理石(なめいし)はこぼれ、
櫂(かい)と櫂とが谺(こだま)をしあう、
レッツォニコ宮殿の
涼しい影の下をすぎゆけば。
窪田訳は口語訳で青柳訳は文語訳といっていいと思います。窪田訳のほうは画家マクシム・ドトマの挿絵が載っているのが長所です。かつて76年版(函入り)を持っていましたが、何かの弾みで手放してしまいました。今手にしているのは2000年代に新装版で出たものです。
一方青柳訳は存在は知っていましたが、ろくに見もせず挿絵がないことで買いそこねていましたが、最近古本で入手しました。抄訳であることをマイナスしても香り豊かな文語体の訳文は貴重です。
窪田訳で全体の雰囲気をつかんで青柳訳でより深く味わう、というやり方もありだと思います。
草野訳は昭和16年刊行なので見たことはありません。