昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

十三夜   樋口一葉

 今夜は十三夜だそうです。旧暦九月十三夜の栗名月がそうで、まん丸の満月ではなく、9割ほどの満月なので栗などをお供えしたそうです。
 十三夜に曇りなしと言われていますが、今日はどうでしたか。


 樋口一葉の『十三夜』はそれまで娘や花街の女を描いてきたものと違い、人妻を描いています。


 以下は少しネタバレもあります。



 二、三才上の官吏の男原田勇に見初められお関は十七歳で嫁ぎました。子ども一人を設けたものの、夫勇の冷たい仕打ちに耐えかねて、九月十三夜の宵に上野新坂下の実家に帰ります。
 躊躇しながらも両親に離縁したい旨を吐露します。母親は夫の冷たい仕打ちに憤慨しますが、父親は離縁すれば愛児太郎の顔も二度と見られまいし、お関の弟亥之助も原田の口入れで勤め口を得られたのだから、と説得します。
 お関はつらい思いを押しこらえて意を翻しました。(自宅に戻ることにしました)


 母親は辻の人力車を呼んで駿河台の自宅までの値段交渉をします。(両親の経済的苦労もさりげなく描写されるところです)
 ここは、最近タクシーの乗車前のナビによる料金決定システムの導入が検討されていますが、それに似ています。昭和の初めにも円タクがあって、例えば上野から澁谷まで壱圓(一円)で行ってくれるかどうか交渉し、運転手が交渉に応じれば壱圓で行く、というのと同じだと思います。


 お関が乗った車の車夫があろうことか幼馴染の高坂録之助でした。昔は、録之助は神田小川町の煙草屋の息子で色白の美青年でありました。録之助はお関に淡い恋心を抱いていて、お関も録之助をよく思っていました。
 けれども、このことは録之助に車を引いてもらっている今はっきり分かったことで、もう遅すぎました。


 お関が原田家に嫁いだことで録之助の生活態度も荒れ始めてしまい、とうとう車夫にまでなりました。今では昔の面影はなく色黒の容姿。元々煙草屋の息子でやりたい放題で育ち、わがままな性格で今が今、車を引くのがイヤになったと言い出します。


 自宅までの途中の上野広小路のところで車を降りる際、お関は心付けを録之助に渡します。
 広小路を東に南に二人は別れます。この時、月が煌々と照らされているにもかかわらず柳が風でなびいて寂しさが一層際立ちます。
 お関は駿河台の官吏の家に、車夫の録之助は浅草の木賃宿に向かいます。



 これでストーリーとしては終わりです。
 文学研究者の中には前半はうまく書けているが後半の録之助の心理がもう少し描けていればと評する人もいる一方、前半は後半のための枕であって後半こそがこの小説の主題であると評する人もいます。
 前半は新派の芝居みたいな様子ですが、全体の構成は西洋古典劇の「時と場所と筋」が偶然の一致を見るという手法です。
 文体は地の文と会話の文が区別なく書かれていて、会話の文は作者が登場人物の代わりに語る方式です。


 女性描写に長けた一葉ですが、男性の描写はそれほどではないとする説も一理あると思います。
 要は、一葉は男性経験が乏しく、だからこそ三流雑誌の編集長半井桃水にほだされて雪の日も桃水宅に出かけたということですから、そんなことが寿命を縮めたのではないかと思います。半井は明治の男にしては甘いマスクだったので、天才一葉も騙されてしまったのかと残念に思います。


 文学史的には社会思想の面で女性の権利を訴えていると見るむきもありますが、そうではなくて叙情的な悲哀を描いた、和歌や短歌をベースにする一葉の散文詩だとする説が一つあります。
 さらにお関が泣く泣く原田家に戻っていくのは、そこに悲哀はあるものの現実を選んだ大人の選択も存在する、と解釈ができます。ただ広小路の月と柳があまりにも寂しい、そこが小説の主導調となる叙情であると解釈するのが妥当のようです。


 『十三夜』の舞台が下谷や神田になっているのは、一葉が住んだことがあるからです。上野不忍池の周辺は下谷區でした。
 私事になりますが、祖母の再婚相手が下谷區茅町が本籍でした。自転車で散策したら意外に閑静な住宅街でした。池之端文化センター(古くは岩崎邸)の裏手です。


 「十三夜」は映画になっています。昭和28年新世紀映画/文学座の「にごりえ」のタイトルで三作品が織りこめられています。「十三夜」「大つごもり」「にごりえ」の三作です。
 「十三夜」のお関役は丹阿弥谷津子(夫は金子信雄:東ちづるがデビュー当時出演していた料理番組のメインで往年の名脇役)、車夫の録之助役は芥川比呂志です。


 この映画のDVDソフトは5000円近くしましたが、今は安く入手できるのではないでしょうか。原作を読むのは面倒だという人は映画をおススメします。他に「大つごもり」に久我美子、仲谷昇、「にごりえ」では淡島千景、山村聰、宮口精二など出演していてなかなか楽しめます。レンタルもあると思います。


   (参考:『樋口一葉論』日本図書センター)

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