アブサロムの首 山崎俊夫
山崎俊夫作品集補巻二『夜の髪』所収の「アブサロムの首」の冒頭を抜粋します。
「アブサロム」(神の教えに背き王ダビデを倒そうと謀反を起こしたが命を落とした。)
「アブサロムの首」
およそ偽(いつはり)を愛さぬ人はない。わけても、もののすべてが神秘と奇蹟とに抱擁(いだ)かれて居る若年時代の生活に、髪の毛ほども偽を愛さなかつた言ひ得る人は、恐らくはあるまい。
俊夫はその清教徒(ピュリタン)の様な少年時代に、最も多くの偽を最も愛した、裏切者の一人であった。
俊夫が偽を愛したと言ふ事には、三つ主要なる理由があった。即ち、未だ曾(かつ)て偽より大なる美はなく、未だ曾て偽を胎(はら)まぬ愛はなく、しかも未だ曾て偽なくして、人を誘感し悩殺し、狂乱せしめ得たものはなかった。
ー と言ふ考へを持って居たからで、所詮偽は俊夫の生活にとつて、一刻もなくてならぬパンであり酒であった、と言つても誇張に過ぐる恐れはなかった。
それほど俊夫は偽を愛した。さうしてその偽と言ふ鋭い武器を以て、人を誘惑し、悩殺し、狂乱せしめて、おのれの歓喜(よろこび)とするかの様な、病的な危険きはまる傾向に陥って居た。
「清教徒の服装」
それは俊夫の清教徒生活(ピュリタンライフ)も、今や終焉(をはり)を告げ様とするかの様に見ゆる、年頃の事であった。俊夫は不図した或る機会から一人の彫刻家と懇意になった。
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(参考:奢灞都館、初出「とりで」大正二年七月号)