昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

ドラムの練習

 ぼくがドラムに目覚めたのは加山雄三の「夕陽は赤く」でした。

夕陽は赤く-加山雄三
 洋間にあるステレオにシングル盤をかけます。手には手ほうきを持ってシンバルの音をイメージさせました。
 この曲を聴きながら転校してきた女子Oさんに思いを馳せていました。
 レコードを買ったきっかけはA面の「蒼い星くず」目当てです。でもB面の「夕陽は赤く」もすごく気に入ってしまったのです。

 そのころはハイハットとシンバルの違いをあまり気にしていなかったです。

   リムショット
 ただリムショットの音は分かりました。でもスネアもスティックも持ってないですから、ソファのアームのあたりを叩いていたのです。


 次に影響を受けたのはブルーコメッツの「北国の二人」です。

北国の二人 (カラオケ) ジャッキー吉川とブルーコメッツ
 この曲は冒頭スネアとタムタムを連打するところを特に練習しました。冒頭けっこうスネアを連打しています。タムタムへ移行するタイミングが大事です。

 冒頭の歌詞の「雲が~」の直前もスネアとタムタムを連打しています。

 スネアとタムタムは読み終わった『少年マガジン』を二、三冊使いました。

   ↑ ステンレス板
シンバルとハイハットは薄いステンレス板を二、三枚使いました。スティックは持っていませんから菜箸を使いました。


 冒頭の「ドコドコドコドコ、ドコドコドコドコ~♪」を何度も針を戻して練習しました。
 子どもですから、音数が多いほうがプロっぽいと考えていたのでしょう。


 おかげで『少年マガジン』の表紙はボロボロになりました。ステンレス板もべコべコに凹みました。
 基本はハイハットを四つ叩く三つ目にスネアを叩きます。最初はそういう練習をして、バスドラはあまり覚えていませんが、なんとなくバスドラのつもりで足踏みしました。


 小5から中1ぐらいの時代ですから、バンドをやりたいだの楽器をやりたいなんて全然思っていなかったです。
 実際ギターを手にするまで5年ぐらいブランクがあります。


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