昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

九月九日山中の兄弟を憶う    王維

 唐の詩人王維は十五歳のころ山西省から受験勉強のために都の長安に出ました。
 勉強の合い間に上流階級の家に出入りして実力を認めてもらっていました。
 王維の場合、絵と詩と音楽に秀でていたため王朝でも評判になり、サロンの寵児になりました。
 二十歳ごろ(数えで二十一)進士に及第しました。


 自注に年十七とある詩を挙げます。


 九月九日憶山中兄弟     九月九日山中の兄弟(けいてい)を憶(おも)う
 
 独在異郷為異客      独り異郷に在って異客(いかく)となる
 毎逢佳節倍思親      佳節に逢うごとに倍(ますま)す親(しん)を思う
 遙知兄弟登高処      遙かに知る 兄弟高きに登る処
 遍挿茱萸少一人      遍(あまね)く茱萸(しゅゆ)を挿して一人を少(か)くを




 九月九日=重陽の節句。
 山中=テキストによっては山東(上図)とするものもある。
 異郷=よその国。ここでは長安。
 異客=故郷を離れて旅をしている者。
 佳節=めでたい節句。
 親=ここでは一族の意。
 兄弟=ここでは弟のこと。一つ違いの弟王縉は総理大臣になった。
 登高処=処は、・・・する折、場合の意味。
 挿茱萸=和名を「かわはじかみ」といい、赤い実が成る。邪気払いの力があると信じられていた。九月九日の節句には茱萸を挿し、高所に登って菊酒を飲み、悪気を避け疫病を防ぐ風習があった。
 少一人=少は欠けている。一人は王維自身のこと。


 自分一人が欠けているから弟たちは懐かしがっているだろうなと思い、自身も懐かしがる、という間接的な表現になっている。
 王侯貴族とつきあいながらも年十七と若さが詩からにじみ出ています。
 

 茱萸(実はグミに似ている)




 (参考:講談社学術文庫)

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