昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

台風の目

 医師が仮設住宅に往診に来た。ぼくは医師のマネをして、Pタイルの上でカルテを書いた。医師は微笑みながら年季の入った机に腰かけた。


 その机はぼくが小学校時代使っていた学習机だ。小太りでメガネをかけた温厚そうな、それでいて腹黒そうな医師だった。


 表まで見送りにぼくも玄関の外に出た。50ccバイクかなんかで来てるんだろうと思いきや、医師は俳優のKMに変身していた。


 ぼくは自転車にまたがって医師を見送ったつもりだが、医師は近所の家に入っていった。案外近くに住んでいたのだ。意外とこじんまりした家だ。俳優なのに何で高校教師なんだ?ぼくが何で彼が高校教師だってことを知ってるんだ。


 売れっ子俳優なんて言ったって、世田谷の何てことない路地に住んでいたとはな。


 それに敷地延長物件だ。2メートル幅の路地の奥まったところに玄関がある。再婚が早かったからな、焦ったんだな。たしか菊川玲と一緒になったはずだが。


 自転車で走り出してまもなくふみきりにぶち当たった。世田谷なのに単線だ。


 ふみきりを渡るとけっこう道は単純だ。すでに品川区の住居表示に変わっている。階段状の坂を下りると水道道路に出た。植木がきれいに並んだ遊歩道になっている。


 ずっと南下していくと大田区の町工場の地域がある。これってこないだ来た広い公園の近くだ。隣接して町工場が拡がっている。


 町工場の家は表にアルマイトのやかんを飾っていた。あのデカいやかんは麦茶を飲むとき使うやつだ。新築工事現場とかああいうやかんで作業員がお茶を飲んでるイメージだ。


 あるうちでは巨大なやかんの上で作業している職人の親父さんがいた。


 ぼくもちょっと冷たい麦茶をいただくことにした。お爺さんの話を聞きながら孫がはしゃいでぼくの腕にからんでくる。すっかり家族気分だ。


 ふと、カレンダーの横の小窓の彼方に異様なものを見つけた。


 ウワーッ!


 台風の目だ。


 上空にねずみ色の雲がもくもくと波打って真ん中にうずみたいなのを作って蠢いている。そのうずが魔物の口みたいにもごもご喋っているのだ。


 「あれ何だ」みんなに視線の先を促した。みんなそっちのほうを見た。


 台風の目がもごもごやっていて気持ちわるい。退散しよう。あいさつも早々に自転車にまたがった。


 帰り路は来た通りに戻ればいいだけだ。
 水道道路の遊歩道に出た。


 30メートル先に雨と晴れのくっきりとした境界線が迫ってきていた。手前の大型犬が三匹吠えて騒いでいたが、止む無く雨の境界線を迎えるしかなかった。


 ずぶ濡れになって必死に自転車をこいだ。遊歩道の反対側を見ると階段状の坂は過ぎてしまっていた。向こうに渡って戻った。


 階段状の坂で遊んでいたマウンテンバイクのニイチャン三人がキャッキャ笑いながらザーザー雨を楽しんでいた。


 彼らをしり目に坂を上って、空地に雑草がちらほら生えている小道を行った。


 ああ、ふみきりを越えれば世田谷だ。



 (悪夢続きです。台風の目は初めて見ました)

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