江戸の月見
『江戸自慢』には以下のような記述があります。
「八月十五夜、九月十三夜も同様ニ而、芋、枝豆、団子を備へ、片月見る事を嫌ふ。団子の形ㇵ丸くして大小二品を備へり。月の大小ニ像るにや。月ㇵ本来形丸ければ、丸く製するㇵ相応に而面白し。若山ニは本太く末劣り、男児の陽物ニ似て、五月の団子ニ同じ製なり。月は陰なれど中ニ桂男の住めバ、かゝる形にせしは無理ならねど、五月八月、夏秋の季節も異なれバ、節句と月見のけぢめは有たし」
女たちは屋形船の屋根から、縁台に腰かけて、二階から月見をしました。
八月十五日は江戸で最も多い八幡宮の祭礼なので、神楽太鼓の音が遠くに響き、はためく幟(のぼり)がここかしこにあって賑やかでした。
京阪の団子は小芋形で、衣はきな粉に砂糖を加えてまぶしました。醤油煮の小芋とともに、各十二個ずつ(閏月のある年は十三個ずつ)三方に盛り合わせます。
三都とも、机上中央にのせた三方に団子をうずたかく盛りました。
(参考:中央公論新社)