昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

舟、大垣を発し桑名に赴く   頼山陽

 頼山陽が大垣(美濃)で遊び、舟で桑名(伊勢)へ赴いたという詩です。



  舟発大垣赴桑名      舟大垣を発し桑名に赴く


 蘇水搖搖入海流      蘇水(そすい)搖搖(ようよう)海に入って流る
 櫓声雁語帯郷愁      櫓声(ろせい)雁語(がんご) 郷愁を帯ぶ
 独在天涯年欲暮      独り天涯に在って年暮れんと欲す
 一篷風雪下濃州      一篷の風雪 濃州を下る



 大垣=岐阜県大垣市。江戸時代大垣と桑名の間の交通は木曽川の舟運に因りました。
 桑名=三重県桑名市。
 蘇水=木曽川。岐蘇川とも書くので蘇水としたようです。ただ異説もあります。
 入海流=流入海の意味。美濃の高須海口に流入するの意味。
 櫓声=櫓をこぐ音。
 雁語=雁の鳴く声。
 天涯=遠いところ。
 一篷=蓬は舟を覆う苫(とま)。
 濃州=美濃の国。濃州を下る、はすでに濃州にいるわけですから「を」であって「に」ではありません。



 月見の森、高速の降り方によってはこういうところに観光できるようです。


 で、木曽川説と違う異説に揖斐川とする説があります。木曽三川つまり、木曽川、長良川、揖斐川があります。大垣から桑名に赴くのに木曽川を使うより揖斐川と考える方が自然だとする知識人がいます。


 さらに内容に関して加筆します:門玲子説というと(『江馬細香』によると)
 「十二月の初め、菱田穀斎の家を辞し、大垣船町の港から船にのった。水門川、揖斐川を下り、更に木曽川を九だって桑名に赴いた。その時の詩である。苫州に独り身を託して木曽川を下る。故郷を遠くはなれ、両親ともまだ和解していない。天涯孤独の思い。恋を得た人の詩とは思えない。細香に与えた留別の詩の明るい期待と、この憂愁の気分と山陽の心も明と暗の間を大きく揺れ動いているようである。
 縁談不成立の事情は誰でもあまりはっきりと語りたくないものであろうか。筆まめな山陽にもその間の事情をはっきり書いたものはないらしい。細香のほうも同様である。」
 以上です。


 ちょっと路線は外れますが参考まで。


 木曽川か揖斐川かに関係なく、この詩は大垣の江馬細香にプロポーズして断られた山陽の傷心の気持ちが漂っています。



(参考:岩波書店)


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