昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

蛇屋横町 山崎俊夫

 山崎俊夫の「蛇屋横町」の冒頭部分だけ挙げます。


   蛇屋横町


 なま温(ぬる)い南風に誘はれて微温湯(ぬるまゆ)のやうなじとじとした雨の降り出したのは、月琴(げっきん)を抱へた門づけの芸人が横町へ姿を消して間もない夕景の灯(と)もし頃であった。三味線堀から徒町(かちまち)の方をさして足を早める一人の男が、忌忌(いまいま)しさうに銀張りの空を見上げながら、雨傘をきりりつとひろげる時、ちらりと洩れた二の腕の箚物(ほりもの)を周章(あわ)てて袖の中に引込めて四辺(あたり)を見廻した。年の頃は厄逃れの市虎(いさみ)盛り、揉上(もみあげ)から頤(おとがひ)のあたりまでを似顔絵もどきに真青に渋がらせて、苦みばしるには稍(やや)色白の胸元をぐつと反身に突き出して、心憎いほど肉づきの好い血色の好い男振りを、傘の下から横撫でにしぶく南風のみだらな雨の媚ぶるにまかせてひたすら足を早めた。
 「蛇屋横町が慥(たし)か此処の横町を曲るんでしたつけね。」
 「いいえ、もひとつ先きの角を右へ曲ると蛇屋横町です。」
 「その横町に蛇屋がある筈ですが・・・。」
 「ああ、ありますよ。龍陽堂つていふ古い店ですからぢきにわかります。」



 奢覇都館から87年に刊行された『山崎俊夫作品集 中巻 神経花瓶』に収められています。
 今ではなかなか入手しにくいかもしれません。

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