昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

お狩り場焼きの旅

 鬼怒川(湯西川)温泉かどうか記憶はあいまいですが、お狩り場焼きを求めて家族旅行しました。家族で旅行なんて一生のうちに数えるほどしかないですが、お狩り場焼きという言葉が妙に印象に残っています。昭和41~42年ごろです。

 祖母は家でお留守番でした。金庫の社員旅行で年がら年じゅう旅行に行ってましたし、このころ父の浮気の問題もひと息ついた時期だったと思います。

 ぼくは小6か中一ですから温泉もお狩り場焼きもそれほど興味はなかったです。


 旅館の廊下で母は赤坂のC工業の奥さんとバッタリ会いました。C工業は水道工事の会社で奥さんのKさんは経営手腕があるひとです。第六高女だかを出ている才女で話し声に特徴があり、甲高いそれでいて耳に心地よい声でした。後年下北沢の商店街のアナウンスを聴くとKさんを想い出しました。

 商店街の女声のアナウンスは映画「煙突の見える場所」で高峰秀子が演じていたのを思い出します。昭和28年ごろの映画でしたね。


 旅館でバッタリ会っただけなのに、Kさんはぼくと妹にお年玉をくれました。ということは正月だったのです。そのせいで覚えているのかもしれません。ふだんKさんは時々うちに来ました。Kさんは祖母を思ってくださり、うちが世田谷に引っ越しても時々訪ねて来られました。

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