昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

赤坂の豊川稲荷


 赤坂豊川稲荷の近くの路上に手相見というか易者がいました。何かの用事で通りがかった時、
 「ちょっと見てあげますよ、お金はいらないから」と母は呼び止められました。ドラマでよく見るシーンみたいです。ぼくは覚えていないのですが、母が言うには、妹がお腹にいたということですから昭和34年ごろです。


 その易者は、あなたはあちこち転々とする、というのです。母は、そんなはずはない旦那は学校の先生でもないし警察官でもないんだから、と答えました。


 でも易占いは当たりました。母は死ぬまで引っ越しばかりでした。ざっと数えて8回です。東京に嫁いで転勤も何もないのに都内を8回引っ越しした人は少ないだろうと思います。


 豊川稲荷は大鵬関が来て豆まきをしたように記憶しています。



 昭和40年代も豊川稲荷をデートに利用したことがあります。相手は2歳下のSさんという女性でした。四ツ谷駅で待ち合わせて迎賓館の前を通り前田外科の右側の路地に入って青山通りに出て豊川稲荷で一休みしました。ベンチに腰掛けてお稲荷さんとか団子を食べた記憶があります。
 そこから表町の停留所まで歩いてバスに乗り、渋谷まで乗っていって彼女と別れました。

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