昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

夢野久作

 夢野久作の『東京人の堕落時代』という本を祖母に読ませたことがあります。箱入りの単行本です。
 ぼくはすでに読んでいましたので安心しておススメしたのです。明治、大正、昭和と生きてきた祖母にとってかなり興味深く読んだようです。


 この本には「東京人の堕落時代」はもちろん収録されています。このルポルタージュ風の作品はかなり大衆的な風俗とも括れるような内容が書かれていて、これはこれで面白いのですが、
 「街頭から見た新東京の裏面」は政治や経済のことも書かれていて祖母はこちらをえらく評価したようでした。


 夢野は明治22年生まれ、祖母は明治35年生まれですから同世代ではありませんが、世相から同時代人として見ることができると思います。



 ある時、祖母の部屋のベランダの塗装か何かでシルバー人材から派遣された人が来たことがあります。
 作業が終わって帰り際、祖母の本棚に『東京人の堕落時代』の背表紙を見つけて「これお婆さんが読むんですか」とびっくりしたように言いました。
 タイトルにインパクトがあるので意外に思ったのかもしれません。


 活字中毒の祖母は何でも読みます。
 夢野久作の『白髪小僧』(箱入り単行本)も読みました。読み終わった後「大したもんだ」と言いました。


 ですがさすがに『ドグラ・マグラ』は読ませませんでした。


 他に久生十蘭の作品を高く評価していました。久生は祖母と同じ歳です。
 無駄がなく端整な文章で面白いと褒めていました。


 あと奢覇都館の山崎俊夫の作品さえ読んだのです。



 こんな珍しい感性を持った明治生まれの祖母を誇りに思います。

ピエール・ルイス ①

 昭和59年ごろ、書店でピエール・ルイスの『女と人形』(生田耕作訳)を見つけました。サバト(奢覇都)館刊行の箱入りの本でした。箱の模様のデザインがきれいで、本の紙質や綴じ方がフランス風で優雅でした。


 こんなきれいな本は買ったことがありませんでしたので、書店に何回か通って買いました。当時としてはマンディアルグ短編集やユイスマンスの本に並んで思いきった買物でした。
 人形が好きな女の物語ぐらいに想像して読み始めたのですが、全然違いました。「人形」というのは中年男のことで、過去の翻訳では「操り人形」とするものもあります。


 数年後ルイスの『ビリチスの唄』もやはり箱入りでサバト館から生田氏の訳で刊行されました。この詩集はルイスの創作ですが、あるギリシア文学者は古代ギリシア人の詩の翻訳と勘違いし、ルイスに予てより愛読していた旨の手紙を送ったエピソードがあります。そこはルイスもほくそ笑んだだろうと想像できます。


 では、ピエール・ルイス作品の刊行事情を掲げておきます。


 ビリチスの歌 鈴木信太郎訳 昭和29年4月25日白水社(文庫昭和31年、37年、52年)
 ビリチス   伊東杏里訳  昭和52年9月10日写真デビッド・ハミルトン、イラスト宇野亜喜良
 ビリチスの愛の歌 栗田勇訳 昭和42年12月1日
 ビリチスの官能の歌悦楽の島キプル 栗田勇訳 昭和43年
 女とあやつり人形 江口清訳 昭和34年 清和書房 挿絵入り
 私の体に悪魔がいる 江口清訳 昭和46年 雪華社
 私の体に悪魔がいる 千葉順訳 昭和34年9月10日 三笠書房 表紙ブリジッド・バルドー
 私の体に悪魔がいる 飯島正訳 昭和34年 角川
 女と人形 飯島正訳 昭和31年 角川
 女と人形      昭和27年 創元社
 アフロディット古代の風俗 小松清訳 昭和27年 白水社
 アフロディット 前田静秋、西幹之訳 昭和27年 紫書房
 妖婦クリシス ピエエル・ルウイ 荻原厚生訳 大正13年(二十版)春陽堂
 不朽の戀(アフロディット、ビブリス、レエダ、女と木偶) ピエエル・ルイイ 大正3年
 アフロディット1クリュシス2女神の国3到着4デメトリオスの夢5最後の夜 小松清訳 昭和27年
 エスコリエ夫人の異常な冒険(緋衣の男、夕日の中の対話、新しい逸楽、等10篇) 小松清訳 昭和26年 白水社
 西班牙狂想曲(女と人形) 飯島正訳 昭和10年10月8日 西東書林 表紙ディートリヒ
 ビリティスの歌 川路柳虹訳 大正15年
 ポゾール王の冒険 中村真一郎訳 昭和31年 藤田嗣治挿絵28葉入り


この本は神保町の山田書店の二階で見つけて買いました。読んだのは昭和62年ごろです。

 ☜ポゾール王の冒険の挿絵。藤田嗣治の貴重な挿絵です。


 ビリティスの歌 バルビエ絵
 ビリティスの唄 附:愛撫の国 川路柳虹訳 大正15年11月10日 国際文献刊行会
 アフロディット 太田三郎訳 昭和3年7月15日 国際文献刊行会
 アフロディテ(古代風俗) 沓掛良彦訳 平凡社ライブラリー
 妖精たちの黄昏(レダ、アリアドネ、ナイルの宿、ビブリス、ダナエ) 宮本文好訳 昭和57年 彌生書房


 ビリティスの詩はドビュッシー作曲の室内楽や歌曲もあります。CDが何枚も出ています。

フォーレ ピアノ五重奏曲 ③

 ティッサン・ヴァランタンは1902年7月生まれでうちの祖母と同じ歳です。オランダ人の血が流れています。


 アンリエット・ピュイグ・ロジェ女史は東京文化会館音楽資料室で偶然お見掛けしてお声をかけたことがあります。助手さんと来られていてレコードを試聴していました。
 ぼくは手帳にメモ書きして手渡しました。上野駅の公園口の改札口までお供して話しました。


 「ドリー」の連弾を聴いたこと、フォーレのピアノ五重奏曲演奏会をやってください、という旨を走り書きして片言のフランス語の単語を言って渡しました。


 女史のコンサートも出かけました。
 草月ホールでラヴェルの連弾曲の演奏会でした。別のコンサートで女史が観客として来られていることもありました。お付きはピアニストの藤井一興氏でした。



 ある時図書館で「音楽の友」のバックナンバーを見ていて、コンサート情報の欄に女史と安田四重奏団の共演でフォーレのピアノ五重奏曲コンサートがあったことを知りました。
 僕が文化会館で手渡した内容に安田四重奏団と共演してください、とあったのです。それを本当に実現されていることにびっくりさせられました。


 バックナンバーですから当然後の祭り、見られませんでした。住所を明記していたのにコンサートのパンフレットを送ってもらえなかったのです。


 なぜぼくが安田四重奏団を推したかというと「矢代秋雄室内楽」というレコードを聴いていたからです。そのアルバムでピュイグ・ロジェ女史は安田氏と共演していたのです。
 
 それとフォーレのピアノ五重奏曲第一番は草月ホールで安田四重奏団を生で聴いた経験があります。大いに感動したのを憶えています。

フォーレ ピアノ五重奏曲 ②

 アンドレ・シャルラン盤はジャケットがきれいです。天使がエビ反っているような絵です。

 ティッサン・ヴァランタンのピアノは深く耽美的で心に沁みます。ORTF弦楽四重奏団のアンサンブルもフランス独特のエスプリに満ちています。第一ヴァイオリンのデュモンの音色は渋く香り高いです。
 ピアノ五重奏曲の1番も2番も4000回ぐらい聴いています。

Gabriel Fauré - Quintette avec piano n° 2 op.115
 ピアノ五重奏曲第2番です


 ただ、元のLPレコードの音源を知らない人は音程の悪い弦楽アンサンブルと思うかもしれません。


 というのも、80年代90年代にCD化されたクラウンレコードとか徳間レコードは失敗でした。ピッチが低くなっていたり、ヴォリュームが極端に小さくなっていたり、評論で酷評を受けました。


 LPレコードが全く中古市場に出回っていなかったわけではないですが、ぼく自身も二枚のうち一枚しか買うことができませんでした。ですのでコレクターでない限り入手は困難だったと思います。


 オリジナルの音源がCD化されたのは数年前です。
 4手のための「ドリー」ティッサン・ヴァランタンとアンリエット・ピュイグ・ロジェ(Henriette puig roget)による演奏はすばらしいです。

Germaine Thyssens Valentin plays Fauré \"Dolly\" Suite Op. 56


 このCDは二枚組で3000円代だったと思います。

フォーレ ピアノ五重奏曲 ①

 フォーレのピアノ五重奏曲に出会ったのは昭和59年のことです。小石川図書館で借りたレコードに偶然収録されていたのです。


 小石川図書館に通いながら、何か情念のある音楽を聴きたいと感じていました。
 そのころ懐かしい邦画を見たような気がします。前衛的な音楽とか芸術に一時的に飽きて何かドロドロした情念の音楽とかストーリーは無いかと思っていました。


 フォーレの作品に「エレジー」というタイトルがあるので借りてみたのです。


 「エレジー」は9分足らずの曲です。
 針を上げるのを忘れて次の「ピアノ五重奏曲第二番」が始まっていました。しばらくそのこと自体気づかず心の中にスーッと入ってきました。
 これいいけど勘違いかなと一瞬自分の感覚を疑いました。ですが、聴けば聴くほどいいのです。


 これいいなあ、これいいなあ、と思いました。クラシックでこういう感覚は観念の中では想定内でしたが、この曲ほどドンピシャで好きだと感じる曲に出会ったのは初めてでした。


 さっそくカセットにダビングして毎日聴くようになりました。
 小石川図書館でピアノ五重奏曲第一番も借りました。超絶品でした。
 この2曲は生涯聴き続ける曲になりました。先にデータを掲げておきます。


 Gabriel Faure
 Piano Quintet No.1, Piano Quitet No.2
 Germaine Thyssens Valentin-piano
 le quatuor de l'ORTF : J.Dumont 1er violon,L.Perlemutter 2eme violon,M.Carles alto,R.Salles violloncelle
 Enregistrement,Edition : Andre Charlin

 先に書いておきますが、録音はアンドレ・シャルランです。デュクレテ・トムソンというレコード会社でも録音技師でした。シャルランがワンマイク方式をシャルランレコードでも録音に用いました。