題自畫 夏目漱石
漱石が大正五年春に作った詩です。
題自畫 自画に題す
幽居人不到 幽居 人到(いた)らず
獨坐覺衣寛 獨坐 衣の寛なるを覺ゆ
偶解春風意 偶(たま)たま解す春風の意
來吹竹與蘭 來たりて竹と蘭とを吹くを
漱石遺墨集
註:近体の五言絶句。「漱石遺墨集」に自筆が見え、それには「閑居偶成」と題する。
幽居=隠棲。
衣寛=着物の寛濶さ。漢土の詩では憂いによって瘠せた人が衣の寛さを感ずるというふうに使うことが多いが、それはこの詩の意ではない。もっとも杜牧の「郡斎獨酌」の詩の「儒衣寛くして且つ長し」のごとく、この詩の意に近い例もないではない。
偶解=この機会によって理解した。 (吉川幸次郎の註による)
現代語訳:わびずまいをしていると、世俗の人はやってこない。ひとりで坐禅をしていると自と他、凡と聖といった対待の世界から解放されてゆったりよしたくつろぎを覚える。
このように対待を超えた境地に在ってふと合点がいったことがある。それは春風の差別を超えた大いなるこころである。つまり春風は竹や蘭といった常住に奥ゆかしい植物にまで吹きわたるということである。 (飯田利行による)
漱石は晩年一日一句漢詩を作る習慣になっていました。遺作となった『明暗』の執筆中も漢詩は作りました。元々大学に入る前には英語の学校に通ったり漢学を習うため二松学舎に通ったそうです。正岡子規からも詩の影響を受けたようです。
大正5年12月9日に死去しましたが、11月20日まで漢詩を作りました。
(参考:岩波書店、柏書房)