昭和レトロな赤坂の思い出

昭和レトロな思い出を書きます。主に赤坂中心ですが、東京近郊にわたると思います。
趣味の話も書くつもりです。

川田正子、伴久美子


みかんの花咲く丘  川田正子


 「みかんの花咲く丘」のシングル盤(33回転)はうちにありました。たぶん川田正子歌唱の復刻盤と思います。「みかんの花咲く丘」の歌詞はたまたま居合わせた加藤というサトーハチローのお弟子さんで、作曲は海沼實です。海沼が列車に揺られながら作曲したもので、短時間で作った曲のようです。


 川田正子と孝子は海沼實の継子になりました。でも正子は変声期を迎えるころ一時引退し孝子にバトンタッチするのですが、戦後まもないころでぼくの生まれる前ですから全く知りませんでした。
 大正生まれで音楽好きの母はSPレコードで親しんでいたのと、昭和12年生まれで童謡歌手を一時目指していた叔母にとっては戦時下から戦後と特別な存在だったようです。川田正子の晩年のリサイタルに母と叔母は出かけました。


 うちにあったシングル盤で「コロちゃんレコード」(45回転)シリーズは「里の秋」や「花かげ」「やさしいお母さま」「蛙の笛」「母さんたずねて」とかありました。
 川田正子は歌唱力というより一生懸命さが心を打ちます。先生に教えられたとおりに幼子がけなげに歌い、時には声が裏返るほどギリギリな感じがまたいいのです。
 川田孝子はさらに高音に張りがあります。実は歌はあまり好きでなかったとのことですが、正子が引退するのと同時期にめきめき頭角を表したようです。
 バックコーラスは音羽ゆりかご会。



童謡歌手 井上裕子さん やさしいお母さま とんがりぼうし(二曲)


 伴久美子は復刻盤CDで初めて聴きました。年齢的にはキングの近藤よし子、コロムビアの羽崎共子(ともに早生まれ)と同じ学年です。伴久美子は昔の写真を見る限り美少女です。近藤よし子も「怪傑ハリマオ」に女優として出演するぐらい美少女でしたが、伴久美子は清楚な感じでした。とはいえしっとりとしたどこか大人びた歌声です。
 「人形」をヘッドホンで聴くと、「ちいさい口元愛らしい」の部分でバックのオーケストラが低音でズンズンと刻みます。それがやけに奥深い。「イワンイワノヰッチイワノフさんとイワンイワノヰッチイワノフさん」では伊藤久男とデュエットしています。でも伴は病いを得て43歳の若さで亡くなりました。


 ぼくは「花かげ」が好きなのですが、川田正子も伴久美子も歌っています。川田は童謡の良さがあり伴はしっとりとした良さがあります。他の歌手も歌っていました。お気に入りのシングル盤があったのですが、家の中を探しても見つからず誰のバージョンだったのか思い出せません。

童謡 花かげ 伴久美子


 久保木幸子は昭和21年生まれです。歌唱力は抜群です。この人の特徴は純邦楽的な三味線とか笛太鼓のバックでも違和感ない歌い方です。澄んだ歌声で尚且つ和風な楽曲もこなせる歌手でした。あくまでCDを聴いた感じですが、「船頭さん」「にゃんにゃんおどり」「まりと殿様」「絵日傘」はぴったりのイメージです。

大正を拾って あの町この町 久保木幸子 ヘ調



 バックコーラスはコロムビアかなりや会、コロムビア杉の子こども会、etc。

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