盗み癖
「峰」というタバコをご存じだろうか。銀色のパッケージでものものしい名前に相応のそれなりの価格がしたと思う。だいたい70年代~80年代ころだ。
父は在宅の間は着物姿で文豪のようなこんな古風なタバコを悠然と吸っていた。でも暴走族が吸っていても似合う気がする。
一服吸ったことがあるがセブンスター系の淡白な味だった気がする。
「峰」はどこでも売っているタバコではないらしく、ストックは無いので切れるといらいらして母に買ってくるように頼んだ。
そのタバコ屋は梅ヶ丘通りに面してあった。向かいに小さいスーパーがあった。
「わかった、ついでに買物もしてくるから」
タバコ屋は若松屋とかいったと思う。スーパーは信濃屋、のちにワインブームのころか銀座にまで支店を出した。若松屋と信濃屋は親戚だった。
母は信濃屋で買物して店長と立ち話を長々とする。
店を出るころはタバコのことなどすっかり忘れて若松屋に寄らず帰宅すると父にタバコは?と問われる、
「あ、忘れた」
父の怒りは想像できる。タバコを頼んだのにそれを忘れるなんていかにも母らしい。
父は定年退職後書道の師範の資格を取って知り合いの奥さんなどを自宅に呼んで教えていた。
暇なときはだいたい渋谷の書店で文庫を買って喫茶店で憩う。その後遠州屋という酒屋の立ち飲み屋で二、三合飲む。ほろ酔い気分でバスに乗って帰ってくる。
帰ってくると真っ先にトイレに行っておしっこをする。
そんな倹しい生活で小遣いに困ることがあって、母の財布から千円か二千円抜き取る。母は注意力散漫に見えてそういうのはわかるらしくよくケンカしていた。
またある時は妹が昼寝していると妹の部屋にある箪笥にあるお札を抜き取ったということだ。妹はたぬき寝入りをしていてビックリしたらしい。これは今年初めて聞いた話だ。
こづかいが欲しけりゃ、祖母か母に言えばいいのに負い目があるのか借りを作りたくないのかわからない。
ぼくなんぞおばあちゃん子だったから、電球を交換したり、おばあちゃん専用の流しの詰まりをドラッグストアで洗剤を買ってきて直してやると五千円くれた。